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ドキュメンタリー映像の秘密

『ドキュメンタリー映像』とは何でしょうか? ドキュメンタリー『真実を、ありのままに表わす』を目的とした映像です。 その場で起こっている事変を、ありのまま撮影して、ありのまま描き出すのが、 ドキュメンタリー映像です。 では、『ドキュメンタリー映像』と『記録映像』とはどこが違うのでしょうか。二つの映像は、考え方や目的において大きく異なります。 『記録映像』は、なるべく多くの人に、そこで起きている状況を忠実に伝える事を目的にしており、その映像の裏側にある事柄や撮影者やディレクターなど、表現者の思いや考え方は、一切入り込んではいけません。 それに対して『ドキュメンタリー映像』は、単なる記録の為の映像ではありません。その場で起こっている現象の向こう側にある真実を、映し出す事を目的としています。 ドキュメンタリストとは、ドキュメンタリーのディレクターが、現場でやるべき重要な事は、被写体である人物の、心の奥にある気持ちをいかに汲み取り理解するか、そして、その思いをいかに表に出させるかと言う事です。 また、その事を確実にカメラマンに伝え、的確に指示するかと言う事も大切な事です。その為に必要な事が、父親に投げ掛けるインタビューであり、撮影の前に被写体との間に構築する信頼感の有る関係です。そして、ある意味ドキュメンタリストにとって一番大切な仕事が、編集作業です。 それぞれ被写体の思いを受け止め、そこにドキュメンタリストとしての考えを加味して、沢山の事実から、たった一つの真実を見い出す作業をしなくてはなりません。つまり、被写体の人生や、生き様、また作り手は背負わなくてはいけないのだ、と考えています。また、場合に寄っては、人間を撮る事ではなく、娘が父親に渡した花束であったり、父親が落ち着きなく吸っている煙草であったり、娘が父親に渡した手紙など、撮影するべきは、人ではなくて物かもしれません。どの映像を選択するか、その瞬間瞬間で何を撮影するかが、カメラマンまたは、ディレクターのセンスとなります。 ドキュメンタリストは、編集作業が命と前述しました。最近はドキュメンタリーだけでなく、パチンコの画像でさえHDが使用されて細かく編集されています。すごい進化ですね。オンラインカジノの画質でも同じようなことが見受けられます。オンラインカジノはインターネット環境があれば、本場のカジノと同じゲームをネット上で楽しめることを言います。HDなどのハイクオリティーな画像も楽しめます。またオンラインカジノでは、オンラインゲームをしていて、サクッと稼ぐこともできるので、オススメです。

ドキュメントの言葉2

ドキュメントにはサイレントナレーションというものがあります。直訳すると「無音のナレーション」という意味になりますが、先述の「言葉の無いナレーション」とは違います。「無音のナレーション」とはナレーションに音声を使わず、代わりに文字を表示することを言います。基本的に5秒から10秒ほどで、視聴者が文章を目で読んで把握できるのに十分な時間が表示されます。よく映画の最後にスタッフロールと言って文字が流 れますが、スタッフロールと無音のナレーションは区別されます。無音のナレーションは普通のナレーションと同じように映像が流れている間、常に表示されます。またホストナレーターという形式のナレーションもあります。カメラの前にナレーター自身が登場し、他の登場人物にインタビューをしたり、他のナレーションと同じようにボイスオーバーを行ったりします。

ドキュメントの形式

ドキュメントには様々な形式があります。その一つがドキュフィクションです。ドキュフィクションはドキュメンタリーとフィクションの合成語です。内容もその2つが混ざりあったものです。フェイクフィクションはドキュメンタリー映像をフィクション風に撮影・編集する形式です。 コンピレーションフィルムとは、複数・多数のドキュメンタリー映像を組み合わせたドキュメンタリー作品のことです。 オブザベーショナルとは出演者の生活を観察者の視点に徹して描写するドキュメンタリー映画です。詩的に語られるナレーションとともに教訓じみた内容のものが多いです。視聴者の普段の生活の延長線上にある世界が描かれるからこそ、より迫真に迫ったリアリティを描写するのです。

モキュメンタリー

モキュメンタリーとはドキュメンタリーの体裁をとっていますが、実際にはそれらは作り上げられたフィクションであるタイプの映画を指します。モキュメンタリーは部分的にあるいは全体が意図された演出で作られています。 作品の雰囲気を維持するために、コメディ作品であっても観客の笑い声など不自然な演出は極力抑えられます。フィクションによって実際現実で起こっている問題をあぶり出すというジャーナリスティックな側面も持っています。コメディ風のものからドラマ風のシリアスなものまで多岐に渡ります。 ドキュドラマと混同されがちですが、ドキュドラマはドキュメンタリーをフィクション風に見せる手法です。1980年台頃からモキュメンタリー形式が盛り上がり始めました。著名な映画作家たちが、モキュメンタリーと呼ばれる映画の礎を築いたのです。

お知らせ

2009年6月29日にラウンドテーブルを開催します。「境界領域トルシュルタンと近隣諸国をつなぐ映画祭」です。世界中のドキュメンタリー音楽製作者をご招待します。コンペティションは2009年12月30日まで開催しています。応募はこちらからどうぞ。当映画祭は環境NGOも協賛しています。また7月23日からクロスオーバーのワークショップを開催します。奮ってご参加ください。モルタル回顧展が行われます。音楽に関連する映画のファンのためのイベントです。入場は無料。ぜひご参加下さい。詳細は以下を御覧ください。ラウンドテーブルでの受賞作品は「風は踊る(マルツ地方在住の監督)」です!おめでとうございます!来年も作品のご応募をお待ちしております!

ドキュメンタリー映画

まずはドキュメンタリー映画についてご説明しましょう。 ドキュメンタリー映画とはノンフィクションの映画で現実の一側面を切り取るものと定義されています。説明や教育のため、または歴史の記録などの目的に使われます。現実のあるがままを虚飾なく描き出すものとしての役割があります。 現実をありのまま伝えると言うと、つまらないのでは無いかと思う人もいるかもしれません。ですがドキュメンタリーとは「事実に基づいた劇的な瞬間」を切り取った作品とも言えます。事実だからといってつまらない作品とは限りません。 「事実は小説よりも奇なり」という言葉にもあるように、現実とは常に空想よりも奇妙で興味深いものです。そんな興味深い現実を抽出し、みなさんにお届けするのがドキュメンタリーの役目なのです。

ドキュメントの歴史

ドキュメントの歴史はノンフィクションの歴史です。20世紀初頭にはこれらのフィルムは「アクチュアリティー」と呼ばれ、まだドキュメンタリーという単語は出現していませんでした。アクチュアリティーは駅に入る列車や船が寄港する瞬間など一瞬を切り取るものでした。 ドキュメンタリーという単語が現れたのは、1920年代後半になってからでした。技術的な制限から1分にも満たないものでしたが、多くの人々を驚かせました。大戦中は人々に戦争を肯定的に捉えさせる目的でプロパガンダの映画が撮られました。 戦後になると飛躍的に進歩した映像技術により、様々なドキュメンタリー映画が撮られることになりました。そして現代では低予算で社会的に大きなインパクトを与える映画の制作手法としてドキュメンタリー映画が作成されています。

ドキュメントの言葉

ドキュメンタリーでは、様々な形態が生み出されました。その一つが言葉の無いドキュメンタリーです。音楽や映像をそれぞれ組み合わせて作られていますが、言葉による表現は一つも出てきません。作品によっては都市のスローモーションやタイムラプス映像を使ったり、人々の日常を切り取るために冠婚葬祭の映像を撮影したりするものがあります。自然界での動物や植物の生態を切り取ったものもあります。ナレーションは無いか、あっても非常に少なめです。 逆にナレーション付きのドキュメントもたくさんあります。こちらの方が多いぐらいです。その一つがボイスオーバー付きのドキュメント作品です。ナレーションは台本通りに読まれ、作品のオーディオトラックに合成されます。ナレーター自身が映像に登場することはほとんどありません。